halukaブログ

やっぱり海が好き!

週末ライフ。「少しずつでも前に進んでみるということは案外、楽しくて、いつか、きっと、どこかに着くのではないのかなあと思ったりもするのです」の巻。

こんにちは、halukaです。

 

朝から、天気図を眺めてみると、

サーフィンを楽しみに通い慣れた海辺まで、

太平洋の彼方からのウネリが届いているようには思えませんでした。

 

気分を切り替えて、曇り空の下、

しばらく手をつけられずにいた庭の手入れに、

午前中の少しの時間をさきました。

非耐寒性の一年草の花々は、葉に勢いがなくなって、

新しいつぼみも、あまり目につかなくて、

冬の季節がもうしばらく、続くことを自然と知ることができます。

 

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  【写真AC】

 

人生には、いろいろな出来事がつきもので、

それはまるで、季節が移り変わるかのように、

少しずつですけれども、間断なく、けれど確実に、

変化を遂げていくようです。

 

「止まらなければ、いつかは、そこに着く」というセンテンスが好きで、

時々、自分に言い聞かせるようにつぶやくのですが、

幼かった頃は、歩いてゆくのが待ちきれなくて、

ばっと走り出して、息を切らして、誰かに抱き着いてみたり、

公園の敷地の中を何周も何周も駆け回ったりしていたことを、

なんとなくですが、覚えていたりもします。

 

そんな “健脚” は、年少に育ち、青春を迎え、大人になる頃まで健在ですが、

年を重ねれば、自然と、少しずつ、速度を失ったりもします。

 

けれどもそれは、あくまで、“健脚” のお話しで、

心にも、もし、“足” があるなら、

その “足” が衰えるか否かは、おそらく、自分次第なのではないかと、

そんなふうに考えたりもします。

 

 

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  【写真AC】

 

まず、歩き始めてみること。

そのことの大切さに気づきさえすれば、

“心の足” は、進むことを忘れずに、

心と体と仲間と家族と友人と、

もしかしたら、今はまだ知らない方まで一緒に、

いつの間にか、前に進んでゆくことが出来そうな、

そんな気持ちになったりもします。

 

幼な子が、ある日立ち上がり、伝え歩きを覚え、

小走りをするようになり、やがて、自分の足で立って、

自分の人生を歩いてゆくように、

そのことを、

つまり、自分自身の「あゆみ」を止めることなく、

「いつか、どこかに着くんだ」と、

そういうふうに考えることも、

そういうふうに考えることそのものが、

人生の目的の一つだったりしてもいいのかなあと、

そう考えたりもした、

庭いじりの後の日曜日の午後でした。

 

 

迷っているけど着くはずだ

迷っているけど着くはずだ